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かわれる?かわれない?
このあいだ、祖母の事故についての刑事裁判があり、傍聴しにいってきた。

まず不起訴にならなくてよかったと思うし、被害者感情としては厳罰を求めたい。

公判の傍聴なんて初めて。
こんな事故さえなかったら、おそらく、小学校か中学校の校外学習でしか訪れることのないであろうと思っていた地方裁判所。

予定時刻に行ったら、おしていたようで、前の事件の公判の途中だった。
「入っていただいてかまいませんよ。」と裁判所のかたに言われたので、
まったく見ず知らず、なんの事件かもしらないひとの公判もすこし傍聴した。

そして、それが終わり、いよいよ当事件の関係者がこられた。
裁判官は前の事件と同じ人。弁護士(国選)・検事(副検事さん)・そして被告

傍聴席には、被告の両親や友人?仕事関係?詳しくは不明。
あと、きっとロースクール?学部?の学生さんかな??
よくわからないけど、ノートを持って入ってきた若い子や、お年をめした方も、関係者っぽくない感じで少し傍聴し、退席された人がいた。


この人が祖母の命を奪った人か。


近所の子だったし、幼稚園や小学校は同じだったと思う。
ちっちゃいころを知っている人物。そういえば面影が残っているような。。。
私の両親は、被告人の両親も本人も知っている。

個人情報にもふれるだろうし、書いてはこちらが名誉毀損といわれかねないぐらいの
口汚い罵りの言葉が溢れそうになる。

あさはか。甘い。ぬるい。

被告人の起訴事実、それまでの行動、事件以後の行動、
自首というかたちでの出頭までの経緯、反省、これからについて。

素直になんて聞くことはできなかった。
被告人の父親が証人(?)で情状の酌量を訴えていた。

それらすべて含めて。

『許す』とかそういう感情には一切、ならなかった。

命をもって償え!とは思わないけれど、
もっと、なにか、本当に、もっと、大切なものを、大事な心を、持ってほしい。と思った。
↑これは、でもちょっとキレイにいいすぎ。
命があって、もっともっと辛く、幸せではない状態というのはあるから。
そういう状態で、罪の意識をもって、誠実に、生きていってほしい。
「幸せ」になって生きていってもらいたくない。って気持ちもある。

事件や経緯についてもっともっとぶちまけたい。。。。
どんな酷いやつだったか、どんなにあさはかなやつだったか、いい連ねてやりたい。。

でも、そんなことしても何も変わらない。意味がない。
きっと祖母はそんなこと望んでない。


判決は2週間後。

執行猶予がどうとか・・・と国選弁護人は口にしていたが、どうなるかな。

たとえ、そのまま実刑判決になっても、刑期過ぎれば『普通』になるのだろう。
言わなければ、調べられなければ、きっと、分からない。
『病気』(不妊とかも含めて)と同じ?治れば、言わなければ、調べられなければ、分からない。

『普通』って、自分のことはなかなかそう思えないけど、人のことは「普通やん!」って思ってしまうのかな。


殺された。
って言うのが今回の事故での遺族感情。
でも、自動車運転過失致死。
あくまでも「過失」なのである。
(ほかに、数々の道路交通法違反もあったが)

事故後、被告人は5年間の免許取り消し処分になっている。
公判では「もう車には乗りません」と口にしていた。5年経過後も免許取得はしない。と。

口では何とでも言える。

ひとつ前の全然見ず知らずの事件の公判でも被告人は「もう二度としません」と述べていた。

法廷ではそう言うものなの??


自分のことも省みる。
彼から別れるって言われたとき
いいわけだけど、退院して、体力なくて、際限なくわがままになってた。
自分の命に自信がなかった。思い遣りをもててなかった。。。
『変われるから!!』
って口にしていた。縋っていたんやね。
そして事実そう思ったし、いまも思ってる。
『自分』と『未来』は変えられる。

けど、彼からは、『かわらへんよ。無理やって』といわれた。

まあ、それと同じなのかな。
彼も、口では何とでも言える。と思っていたのかもしれない。


法に触れる罪を犯して、裁かれる人達。
わがままの限りを尽して、見放された私。

かわれる?かわれない??


私は、かわってみせる。

被告の方たちも、命をもって償うでないなら、かわってみせてほしい。

死刑廃止論者では全然ないし、命を持って償えと法がいうてくれるなら、そうしてくれてもかまわない。命をもって償えばいいのに、と感じる事件も多いし。
『DEATH NOTE』あったら書いて!!と思うことも多々やよ。

そやけどぉ。
どうしたって祖母はもどらない。痛みを理解して取り除いてあげることはできない。彼女の無念を晴らすことはできない。
痛くもない、忙しすぎもしない、極楽浄土で笑ってみててくれるといいな。
みんなすごいいい方に向かっていくのを。
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テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

【2007/09/23 23:20】 | ひとりごと | トラックバック(0) | コメント(4)
<<涼しくなってきた。 | ホーム | かわいてる>>
コメント
初めまして

遺族感情って、そうですよね
お悔やみ申し上げます
事故と言うものは自分もいつ加害者になるとは限らないようなことなので安全運転を再認識しました
【2007/09/24 04:18】 URL | とぼとぼ #X.Av9vec[ 編集]
こんにちは^^スペーストミーです。
いななこさん・・・おひさです。

大変なことになってしまいましたね。
確かに納得できないと思いますし、それだから、
恨んでも仕方ないとのいななこさんの複雑な感情が文面から、いやっと言うほど感じました。

辛い気持ちは、良くわかりますが・・・
「罪を憎んで、人を恨まず、」
ということわざが、心にふと浮かびました。

当事者で無いとわからないかもしれませんが・・
いななこさんが書かれている通り、
きっとご祖母も心配されているとトミーも思います。
きっとすばらしいご祖母でしたのでしょうね!
今は、一日もはやくいななこさんが、
立ち直ることが出来るよう。
トミーも応援しようと思います。

後ろを見てもきりがない・・
前に進めば、答えが見える。
未来が全てとは言わないが
やはり、前に進むしかない・・・。

友よ、いつかは忘却(ぼうきゃく)の時が来る
心の安住を求めよう!
まずは、許すことから始めよう!
たとえ、それが辛いことでも・・・・
それが、あなたにとっても安住な事だから・・。


また、遊びに来て下さいね!(^<>^)v-422
【2007/09/24 11:51】 URL | スペーストミー #-[ 編集]
過失だと、そうなっちゃうね。。
被告人が死刑になったからって、おばあさまが戻られるわけじゃないけど、でもだからって理屈で割り切れないよね。
うん、きっと私は身内に同じことが起きたら、汚い言葉を口にしてると思う。

いなここさんは、彼といたときワガママだったのかもしれないけど、でも、それは犯罪でもなんでもない、悪いことじゃなかったと思う。そして、その人が心から変わろうとしているのか分からないけど、人は本気で変わろうとすれば変わっていけると思う!いなここさんは絶対変われる!そもそも、そのときのいなここさんだけが、悪かったとは思えないよ!!

おばあさま、天国で笑ってらっしゃると思います。きっと。
【2007/09/26 19:54】 URL | うみねこ #FOTi0RoY[ 編集]
とぼとぼさん → はじめまして。コメントありがとうございます。
確かに、です。交通事故、いつ自分が加害者側になるかはわからないですもんね。。。怖いです。
安全運転、気をつけられるところは全部気をつける。って難しいけど、大事だって、思います。
今回の事件も、「気をつけていれば」起こらなかった「過失」なのだ。と散々言われてましたから。
気をつけたいです。

トミーさん → おひさしぶりです。
いろんな感情をごちゃごちゃに書いてしまってるんで。。。ややこしくてすみません。。
前、少しは、向かえるように、日々がんばってます。ありがとうございますね。

うみねこさん → こんばんは。
彼とのこと、私だけが悪かったんじゃないって言ってもらえてちょっと救われます。
いつもいつも自責の念、自己嫌悪だったから。
ありがとう。
お互い恋愛もふくめて素敵になっていきましょうね!
【2007/09/27 01:55】 URL | いなここ #-[ 編集]
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めざすところは


慢性骨髄単球性白血病を患い、骨髄移植、幹細胞移植をうけて現在ようやく会社に復帰したいなここの日記です。 失恋のショックも引きずりつつ。身内の事故もあり、再度休職中。9ヶ月の休職後、ようやく再度復職しました。

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プロフィール

いなここ

Author:いなここ
2002年4月:会社の健康診断時、白血球が多いと診断。

ただその後は、経過観察。

2005年7月末頃:体調不良を感じ病院へ行くと、
白血球13万!
2005年8月:『慢性骨髄単球性白血病』と診断。

2005年9月:骨髄バンクへ登録。

ありがたいことに、ドナーが見つかり、骨髄提供をうけ移植をおこなうことになりました。

2006年2月:バンクドナー様より骨髄移植。

移植後100日、退院のめやすです。その日に、生着不全と診断され、再度の移植を行うことになりました。

再移植は、臍帯血移植かHLA不一致の母からの移植か、決断をしなければなりませんでした。骨髄バンクでの再コーディネートを待てない状況だったのです。

2006年6月:2度目の移植となる造血幹細胞移植。母とはHLA型2座不一致ではありますが、ドナーになってもらいました。

それから約100日、決して順調!!とは言い切れませんが、退院することができました。

2006年10月:重度のGVHDを発症。再入院。

2007年1月末頃:ようやく退院。
2007年4月会社へ復帰。
2007年7月再度休職。

2008年4月再度会社へ復帰。

2008年8月末頃 ステロイド性(?)白内障により水晶体再建術を実施。

いつかホンモノ見にいきたいな

moreから笹があげられるみたいです♪

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