スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
手術について
お久しぶりです。
すっかり何か書くことから遠ざかっていて、
なにがしたいのか、なにをしたらいいのか、
わからないままぼーっと毎日が過ぎてます。

白内障の手術について書きたいと思います。


今回手術を受けたのは眼科のみの病院、
そして手術前にそこの関連病院の内科で検査を受けた。
心電図や血液検査。
これ、どうせなら、普段の病院で血液内科でやってもらえたら、
医療費は高額療養費のとこに含められるのにな。。。とケチ臭いことを思っていた。
そして普段の病院から血液データを送ってもらっているのに、足りないデータがあるから。
と血を再度抜かれた。ちゃんと必要なデータ言っておいてほしかった。
採血、できれば1回でも少ないほうがいい。血管も弱り弱りなんだから。

問診票を書いて、看護士さんに手術や入院についての説明をしていただいて、
あとは手術を待つばかり。となった。

手術前、執刀医の先生(普段の病院の眼科でこの先生に診ていただいて
その紹介で今回の手術を受ける病院に来ることになった)
とお話した時間はたぶん全部あわせても30分無いんじゃないかな。
これは、あとあと考えたらとっても良くないことだと思う。
(こう良くなかった思っているから短く感じるのかもしれないけれど)


手術の3日前~点眼開始。
『ガチフロ』 抗菌剤。

手術当日。
手術の開始4時間前から飲食禁止。
病院に到着して、
手術着に着替えて帽子を被る。
ボトムはそのまま。ジーンズで行っていたのでジーンズのまま。
呼ばれて、名前やら手術をする方の目はどちらですか?とかそういった確認を一通りして、
ベッドに横になって、熱を測って血圧を測って(血圧は手術中も5分おきくらいに計測されていた)
心電図の電極つけて、抗生剤?抗菌剤?お薬の名前も覚えていないけど、点滴を入れた。
(2回の手術で2回ともばっちりな感じで点滴のルートが取れた。嬉しい)
そして麻酔の点眼を開始。
同時に、顔の顎関節のあたりにシールを貼る。(多分麻酔?そのあと注射で麻酔をするための準備のよう)
麻酔の点眼を何度かして、順番がきた。

手術室へベッドで移動。
そこで帽子をテープで留めていたのをちょっと外して、先ほど顔に貼ったシールを取ってそこに注射。
痛い。歯を抜くときの麻酔の注射のような感じ。ちくーっっとする。
再度帽子をテープで固定。
「おもり乗せますね」といわれ、手術を受けるほうの目に錘がのる。
おもりをちゃんと見てなかったのでよくわからないけど、圧力鍋のおもりみたいなのを想像していた。
おもりが乗ってからも手術しないほうの目できょろきょろ周りを観察していたら、
手術するほうの目も動いてしまうようで、おもりがコロンと落っこちた。。。すみません。。。
けれど、このおもりの意味わからず。なんなんでしょうか?なんのため?
ご存知の方、教えてください。
そしておもりをはずして、涙点プラグを外す。上下とも。
そして、目の周りをよく消毒、洗浄。
これって実際どうするのだろうって思っていたけど、実際はこう。
ヒビテン(?たぶん、茶色かったから)で目の周りをぐるんぐるん拭く。
見た目、きっとパンダみたいになってんやろうな・・・って思いながら消毒されてた。
そして、「洗浄しますね、お湯かかります。」っていわれて、目にあったかいお湯を浴びた。
お医者さん?看護士さん?わからないけど、わたしの目をぱちぱちさせて、
涙点のあたりもなんどもやさしーくこすって、お湯を流してくれた。
麻酔をしているのでお湯が直接目に入ってくるのが見えるけど痛くない。ふっしぎーと思った。
手術前に「プラグしているからよく洗浄します」とは聞いていたけど、
この『目のお湯浴び』が『よく洗浄』だったんだな。と思う。プラグしていなかったら、どんなだったんだろ?
人に目を、というか顔の辺りを洗われることなんてエステっぽい。ほんのちょっとだけ心地よかった気もする。
いや、そうでもないか・・・

そのあと上の涙点プラグだけは先に挿した。下のは手術後だそうです。

そして、いよいよ。というときに。
執刀医の先生が『遠くに合わせるレンズでよかったね?』と聞くのだ。
?????????と思いながらも、『はい』としか言えなかった。
だって、そう決まったんでしょ?変えられるの?
そう思ったのは後のこと。『はい』しかいえなかったのは私。

手術の布を被せられて、
開眼器をつけて目を閉じないように固定。
まばたきができないので、時々水が点される。
ちょっと改まった声で
『では始めます』とわたしや周りの助手の先生達に声をかけられて、
はじまった。
心拍をとりながらだから、緊張して心拍が上がるのが音で聞こえる。
緊張しないように、しないように。って思っていたけど、心拍が上がってる。
なんか恥ずかしい。スマスマのときめきメーターみたいだ。

手術の手順はいろんな眼科さんのHPにたくさん載っているので
大体は把握しているつもり。
黒目と白目の間くらいを3ミリぐらい切って。
水晶体を吸い取る機械を入れて吸い取って。
レンズを入れて。
わたしはステロイドを長期服用しているため傷が開きやすいかもしれない、
とのことで、ちょっと縫う。
と聞いていた。

手術中、音は聞こえるし、手術している目は開いているから、手術用のライトがまぶしい。
「切りますよ」とかそういうことは言われないし、全部自分が把握している手術の手順を追って想像してみるだけ。
『ちょっと下のほうを見て、はい、そこで動かないで』とか言われると
おおぅ。もしかして今切るのか?!ずっと1点見続けるって・・・意識するとむずかしい。。動いちゃったらどうしよう。
いろいろ考えながら手術を受けていた。

切るとき。
吸い取る機械を入れるとき。
吸い取っている間が少し。
レンズを入れるとき。
縫っているとき。
が痛かったと思う。けどマルクよりかは痛くない。
目の奥あたりがぐぐぐぅっと痛い感じ。もうおとななので耐えられます。

手術が終わった。

目の膜というか眼球自体が薄いらしく、
1つ縫っただけ だそうだ。いまだに「目を縫う」っていうのがピンとこないので
ああ、そうですか。という感じがしたけど。
ガーゼをあてて、あてがねを付けて、手術室を出て、看護士さんに手術後の説明を受けた。
手術前にも、ちょうど手術後の人がいて説明を受けていた人がいたので、大体聞いていたことだ。
点眼の回数とか注意事項とか。

着てきた服に着替えて、お薬もらって、お会計して帰宅。

確かに、簡単な手術だった気がしたけど、
帰ってから、寝込んだ。目の奥も痛かったし、
病院に連絡して頓服として渡されていたロキソニンを1錠飲んだ。
簡単の度合いを軽く見すぎていた。
日帰りってことは、午後から会社に行けるんじゃない?なんて想像していたけど、
全く無理。
次の日もお休みしたし。有給ないのに。

手術の翌日は診察で、そのとき初めて術後、ガーゼを外す。

!!!

びっくりするぐらい世界が鮮やかに見えた。
つくりもんかと思うくらい、違和感を感じるほどに色がいっぱいだった。

ちょっとずつ悪くなってたから、
視力が良くない気がして近視の眼鏡をつくったのも
皮膚の白斑が改善してきていると思っていたのも
自分の肌が最近きれいになってきたわね。毛穴レスなお肌~と思っていたのも
全部白内障が原因で、見えてなかっただけだったんだ。。。。ああカンチガイ。
手術して一番がっかりしたのは自分の姿の美醜についてだった。勘違いも甚だしい。
見えないことの幸せはそういうところにあったのかもしれないね。。。イランけど。

白内障なんてこの歳でならないにこしたことはないんだけど、
手術をうだうだ迷って、見えにくくて不自由しているよりはとっとと手術したほうが良かったと思う。
すごく急かして手術予定を入れてもらったけど、もっと早くに、手術する!って腹をくくっておいたら、
良かったと思う。こんなに見える。

2週間後、右目も手術。
大体の流れは同じ。
右目は、傷を縫わなかったらしい。深く切ったから。と仰っていたと思うけど、ちょっとよくわからない。

いまでも抗菌点眼薬 クラビットとリンデロン リンデロンを止めてフルメトロン を 点している。

いまのところ順調。
全部が全部OKってことではないけど、最善であったと思いたい。
スポンサーサイト

テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

【2008/09/20 18:57】 | 病気のこと -- 白内障 -- | トラックバック(0) | コメント(0)
<<愚痴100% ネガ | ホーム | 手術終わりました>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://nmkpu.blog101.fc2.com/tb.php/171-e7e7424b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
めざすところは


慢性骨髄単球性白血病を患い、骨髄移植、幹細胞移植をうけて現在ようやく会社に復帰したいなここの日記です。 失恋のショックも引きずりつつ。身内の事故もあり、再度休職中。9ヶ月の休職後、ようやく再度復職しました。

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

プロフィール

いなここ

Author:いなここ
2002年4月:会社の健康診断時、白血球が多いと診断。

ただその後は、経過観察。

2005年7月末頃:体調不良を感じ病院へ行くと、
白血球13万!
2005年8月:『慢性骨髄単球性白血病』と診断。

2005年9月:骨髄バンクへ登録。

ありがたいことに、ドナーが見つかり、骨髄提供をうけ移植をおこなうことになりました。

2006年2月:バンクドナー様より骨髄移植。

移植後100日、退院のめやすです。その日に、生着不全と診断され、再度の移植を行うことになりました。

再移植は、臍帯血移植かHLA不一致の母からの移植か、決断をしなければなりませんでした。骨髄バンクでの再コーディネートを待てない状況だったのです。

2006年6月:2度目の移植となる造血幹細胞移植。母とはHLA型2座不一致ではありますが、ドナーになってもらいました。

それから約100日、決して順調!!とは言い切れませんが、退院することができました。

2006年10月:重度のGVHDを発症。再入院。

2007年1月末頃:ようやく退院。
2007年4月会社へ復帰。
2007年7月再度休職。

2008年4月再度会社へ復帰。

2008年8月末頃 ステロイド性(?)白内障により水晶体再建術を実施。

いつかホンモノ見にいきたいな

moreから笹があげられるみたいです♪

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。