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万能!
『ヒトES細胞からの輸血用血小板産生』

ってニュースを見た!

すごーい!!5年後の実用化をめざして研究を進めていると。

うおぅ。期待☆

ES細胞の可能性にはほんとびっくりだし、期待いっぱい。

わたしは、造血幹細胞移植するまでは、やたらめったら抗体つくりまくる体質だった。
もともとアレルギーも多かったし、他人に厳しく(自分に優しい)って、性格あらわしてるのか??
MAPもアレルギー止めを先に点滴してから輸血しないとしんどくなること多かったし、ジンマシンもでた。
血小板に対しては、抗体?が出来て、HLAが一致してない血小板輸血しても半日も持たずに数値は上がらないということが起きた。わざわざHLAが一致している血小板を捜していただいた。
たまたまセンターに一致するものがあるときもあったけど、多くの場合はたぶん、一致している方に連絡が入ったりしていた。血液センターから。そして献血していただいた。すべてが当然ボランティアだろう。
患者としての費用負担も普通に血小板輸血するのの倍ぐらいかかる。けど、普通に輸血だと、効果がないから仕方ない。

実用化しても、緊急の輸血には備えないといけないだろうし、献血の必要性はまだまだ高いと思う。

うーん。
でも、自分の細胞から出来てたら、アレルギーも血小板か抗体で壊されるのも心配しなくていいし。
期待!!

わたしは今のところ輸血を必要としない状態を維持できてる。ありがたい。
だから自分自身には使うこと無いと思うし、無い状態のほうが嬉しいかもしれない。
けど、嬉しい。

万能細胞、どこまで万能??
たくさんいろいろな研究がされて、幸せになれる人が多いといいな。と思う。
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テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

【2008/03/11 23:41】 | 病気のこと | トラックバック(0) | コメント(2)
<<なんなのかなぁ | ホーム | 甘え>>
コメント
倫理面の障壁さえなければ、行き着くとこまで行きそうなぐらい万能になる可能性はあると思いますよ
が、その倫理的なことが最もクリアしにくいんでしょうが・・・

実用レベルの研究が活発化して行きそうなものは
採算的にコスト回収が出来る病気に関するものからでしょうね

ここからが正念場でしょうけど
良い方向に研究がむかうといいなぁ
【2008/03/17 02:16】 URL | とぼとぼ #-[ 編集]
とぼとぼさん → こんにちは。
そうですね。そう思います。倫理面。これは本当に幅ありますもんね。代理母禁止のニュースのときにすこしネット検索して生殖に関する考え方の幅に驚きました。

採算が取れる病気・・・。症例が少なく難病であればあるほど採算ベースにはのりにくいんでしょうね。そういうものこそ、万能なもので対応していってほしいのに。
いい方向でお願いしたいですね。
【2008/03/20 18:55】 URL | いなここ #-[ 編集]
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めざすところは


慢性骨髄単球性白血病を患い、骨髄移植、幹細胞移植をうけて現在ようやく会社に復帰したいなここの日記です。 失恋のショックも引きずりつつ。身内の事故もあり、再度休職中。9ヶ月の休職後、ようやく再度復職しました。

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プロフィール

いなここ

Author:いなここ
2002年4月:会社の健康診断時、白血球が多いと診断。

ただその後は、経過観察。

2005年7月末頃:体調不良を感じ病院へ行くと、
白血球13万!
2005年8月:『慢性骨髄単球性白血病』と診断。

2005年9月:骨髄バンクへ登録。

ありがたいことに、ドナーが見つかり、骨髄提供をうけ移植をおこなうことになりました。

2006年2月:バンクドナー様より骨髄移植。

移植後100日、退院のめやすです。その日に、生着不全と診断され、再度の移植を行うことになりました。

再移植は、臍帯血移植かHLA不一致の母からの移植か、決断をしなければなりませんでした。骨髄バンクでの再コーディネートを待てない状況だったのです。

2006年6月:2度目の移植となる造血幹細胞移植。母とはHLA型2座不一致ではありますが、ドナーになってもらいました。

それから約100日、決して順調!!とは言い切れませんが、退院することができました。

2006年10月:重度のGVHDを発症。再入院。

2007年1月末頃:ようやく退院。
2007年4月会社へ復帰。
2007年7月再度休職。

2008年4月再度会社へ復帰。

2008年8月末頃 ステロイド性(?)白内障により水晶体再建術を実施。

いつかホンモノ見にいきたいな

moreから笹があげられるみたいです♪

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