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また外来診察でした。
外来診察。
体の調子は相変わらずで、絶好調!!というのでもないけど、仕事できないほどだとはやっぱり思えない。
前回の外来からプレドニンが20ミリ/Dayになったからか、食欲はでてるし、ムーンフェイスも少しづつでてる。。。
知覚過敏的な歯が染みる症状もちょっと出てきた気がする。(ステロイドの副作用にのってないけど、ステロイドで知覚過敏になる気がするのは私だけではないはず、たぶん)
これで、さぞかし肝機能はよくなってるやろう。
って、期待の採血。

たいてい、採血の結果って、自分の思うとおりにはならない。

よって、今回も、前回とほぼ同じ。悪化傾向もないが良化傾向もない。
なんのために倍増したんやステロイド。ニガイ小粒よ、副作用だけでなくって働いてちょーだい。(って悪化を止めてくれたのかも。だけど)


病棟に上がって、入院中の主治医の先生とお話してきた。
いろいろわかってくださってて、ほっとできる。
話をして、ちょっと泣いたりもしてたけど。話せて、うれしい。



不本意ながら、休職のための診断書も書いていただき会社へ提出。

いつものことながら、普通の人と接すると、比べたくなくても比べてしまって落ち込む。
幸せそうにみえたって、それぞれに抱えてる悩みや苦しみなんて計り知れないし、
その状態までの努力があったのかもわからないけど。
『普通』にしてるだけで、とてつもなく幸福そうに見える人達。不可抗力で失ったもの。挫折。痛さ。しらないんやないの?!
毒づいてしまう心。
くーー。醜いなー。あいかわらず。わたし。
人が自分より不幸だったらええのんか?!っていわれると、そーでもないし。
他人が幸せで、自分も幸せって世界がええんやろうと思う。


人と接しなければ、自己完結できる日常で、
でも、やっぱり、人として社会にも関わりたくて、
けど、そのなかで痛感する欠乏感。疎外感。
そんなカワイソウナ人見るみたいな目でみないでよ。


ここ最近の2年とか3年とかが記憶も新しいし、あんまりにたくさんのことがあったから、
「私は幸せだ」って思うとか思えないとか、そういうこと考えるけど、
いままでの30年って、それすらも考えつかないほど『普通』でおれてた。
これから、命がおわるまで。50年とかあるかなぁ。。。どうだろう。
人生、総じて「私は幸せだ」といえるようにしようと思う。

あ。
激ネガだったのをなんとかしたくて書き始めたらさらにネガになって、
最後にポジ転?

さてさて、またもや暗中模索。めざすところをどこに見定めようか???
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テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

【2007/10/29 23:12】 | 病気のこと | トラックバック(0) | コメント(4)
<<満身創痍。。。 | ホーム | 圧巻!!だったのは。>>
コメント
おひさしぶりです。
以前何度かお邪魔したharuです。
移植後の合併症で長らく再入院しておりました。

ありますよーーー。ステロイドの副作用に、知覚過敏。あまり大々的には取り上げられませんけど。私はステロイドを使い始める時に副作用をお聞きしたところ教えてくれました。それと、歯茎が下がるということが起こりました。歯間ブラシの通りがすごくよくなりましたよ、、、、、

そうなんですよね。見た目元気で、気持ちも前向きなんだけど、内部はぼろぼろ、薬は山ほどの移植患者、、
でもステロイドが20入っていると、復帰はやはり許可されないかも、、、、病院によっては入院レベルです。
ステロイドは免疫抑制(リンパ球の働きを抑える)ので感染の危険が倍増するそうです。

白血球はたくさんあっても、まだ赤ちゃんだからウィルスや菌に対抗する力は弱いそうです。

かくいう私も自宅療養中でかなり厳重に感染防御をしていたにもかかわらず、ステロイドも免疫抑制剤もほとんど減っていたにもかかわらす、ウィルスに感染してしまい、大変なことになりましたので、今は休職期間にも間があるようですし、念のために療養されて、もう少し落ち着いたら復帰されることをお勧めします。
私は休職期間がもうまじかに迫っており、あせっておりますが。(汗)

私も生きている(息をしている)ことが生きるということではなく、今、自分がしたいと思うことをして生きがいをもって生きていきたいと思っています。しかし、今回のこともあり、気をつけても感染するのなら、好き勝手してもいいのかも?と思う反面、気をつけていたからこそ、他の感染はしなかったともいえ、なかなかジレンマです、、、ちなみにウィルス感染はもちろんある程度は予防できますが、(手洗い、うがいなどで)、「運」だそうです。ドクターも「ウィルスはしょうがないんだよねえ。」と、、、

少し我慢すればきっと光明は見えてくるものと信じて生きたいと思います。
でも、、、移植ってつらいよね....


【2007/10/31 01:56】 URL | haru #-[ 編集]
haruさん → お久しぶりです!再入院されてたんですか・・・お疲れ様でした。
ステロイド20、は、やっぱり多いですよね。入院中、20を切らないと退院できないみたいなこといわれてたのに、増量されて驚いてたんです。
そしてやっぱり知覚過敏もあるんですねー。私の主治医の先生は問題視されてないです。

私、やっぱり生き急いでるのかもしれないです。かーなり無理承知で勝手してます。
休職期間ぎりぎりは厳しいですね。人事と交渉できるレベルではないですか??
なんとかなってほしいです。

ウイルスは運。ですか。。確かに、当たりハズレ的なところはあるのかもしれないですね。
酷かったのはGVHDで、ラッキーなことに、ウイルスはヘルペスぐらいだったから、、、このまま無事乗り切りたい!!
【2007/11/02 00:04】 URL | いなここ #-[ 編集]
コメントありがとうございます。

医師が問題視しない症状が、実は患者にとってはつらかったりしますよね。なかなかわかってもらえなくて、、、(味覚がなくて食べられないとか、歯茎がしみて水のめないとか、、、)悩みですよね

休職期間は1年ですが、来年2月までに戻らないといけません。でも手続きに2ヶ月はかかるとかで今年中にめどがたたないとまずい状態です。今のままなら主治医の復職許可は下りるのですが、上司や人事は頭でっかちで融通利かせてくれようという感じがありません。期限ありきって感じです。
でも復帰するぞ!、と策を練っています。

いななこさんの休める期間の長さに驚いています。プロフィールですとかなり治療にかかっているように見えるのですが、、。
私は最初 有休、失効有休などで、3ヶ月半、
欠勤で5ヶ月、その後1年の休職期間しかありません。
いななこさんの会社は病人の復帰についてやさしい会社なんでしょうね。
【2007/11/02 01:10】 URL | haru #-[ 編集]
haruさん → こんばんは。
私の会社も、有給消化後、欠勤3ヶ月、休職1年です。
完全に休み始めたのが2006年2月からで、(それまでは有給消化と欠勤でなんとか勤務していました。突発的に入退院繰り返していたけど。)
いったん4月に復職というかたちで(仕事量は定時上がりできるくらいしかないような配慮つきで)フルタイムで戻っているので、7月から再度欠勤期間+休職期間としてカウントされはじkめたのです。
ありがたいのですが、正直、もどっても信用失ってるだろうし、能力も職歴に追いついてないし、会社にとってはお荷物だろうなっていう思いもあります。
面と向かっては全くそういうこと言う人はいないですけど、腹の中は分からないって疑心暗鬼になったり・・・。
融通の利かない上司・・・悔しいですね。でも、許可おりそうってことでよかった。
復職!がんばりましょね。
【2007/11/07 02:22】 URL | いなここ #-[ 編集]
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めざすところは


慢性骨髄単球性白血病を患い、骨髄移植、幹細胞移植をうけて現在ようやく会社に復帰したいなここの日記です。 失恋のショックも引きずりつつ。身内の事故もあり、再度休職中。9ヶ月の休職後、ようやく再度復職しました。

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プロフィール

いなここ

Author:いなここ
2002年4月:会社の健康診断時、白血球が多いと診断。

ただその後は、経過観察。

2005年7月末頃:体調不良を感じ病院へ行くと、
白血球13万!
2005年8月:『慢性骨髄単球性白血病』と診断。

2005年9月:骨髄バンクへ登録。

ありがたいことに、ドナーが見つかり、骨髄提供をうけ移植をおこなうことになりました。

2006年2月:バンクドナー様より骨髄移植。

移植後100日、退院のめやすです。その日に、生着不全と診断され、再度の移植を行うことになりました。

再移植は、臍帯血移植かHLA不一致の母からの移植か、決断をしなければなりませんでした。骨髄バンクでの再コーディネートを待てない状況だったのです。

2006年6月:2度目の移植となる造血幹細胞移植。母とはHLA型2座不一致ではありますが、ドナーになってもらいました。

それから約100日、決して順調!!とは言い切れませんが、退院することができました。

2006年10月:重度のGVHDを発症。再入院。

2007年1月末頃:ようやく退院。
2007年4月会社へ復帰。
2007年7月再度休職。

2008年4月再度会社へ復帰。

2008年8月末頃 ステロイド性(?)白内障により水晶体再建術を実施。

いつかホンモノ見にいきたいな

moreから笹があげられるみたいです♪

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