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就業直前の外来の結果
外来診察、急激に悪化なんてしてないだろうと思ってたし、
実際、そうだった。
体調はなーんとなくダルイのはあるんだけど、血液データに大きく反映するようなことはなく、
WBCが少し多くなってるぐらい。
ヘモも血小板もたっぷりだし、炎症反応もマイナス。
肝機能は横ばい。
腎機能も正常値。

けど体重低下、食欲不振を訴えたところ、やはり、、、プレドニンが10ミリ/dayに戻った。
倍増ね。減らすのは2.5ミリずつなのにね・・・。
食欲不振だし、10月から記録し続けている体重グラフ、
最低値を更新してしまっていたから、おとなしくかんねんした。体脂肪率5.5ってどうよ?!
(この体重や体脂肪は先生にはちょっとサバ読んで伝えてある。体重計には乗らされない^^)

復職をまだしていないってことを伝えて、4月から復職をする予定も伝えた。
特に反対はされなかったし、きっと言うても聞かないと思ったからだろうと思う。
入院中の主治医の先生から見ると、私と外来の先生とはバトっていて、私が勝っているらしい・・・そう?
診察が終わって、久しぶりに入院中の主治医の先生に会いに行った。
そしてそこである提案をされた。
そしてその提案を受けようと思った。
対したことではないけど、続きます。
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【2008/03/31 22:48】 | 病気のこと | トラックバック(0) | コメント(1)
仕事
会社へ挨拶に行った。

微熱とダルさはたぶんゼロにはなってないかもしれないけど、外出しようと思えるぐらいにはなった。
ということは、回復したといっていいと思う。

診断書をもらってすぐに挨拶へいって、今月中には仕事を始めたかった。
けど診断書をもらってすぐちょっと怠け心が出て、2~3日してから挨拶行こう。と思い直した。
すると風邪かなにかわからないけどしんどいなぁという感じじなり、ずるずると日が経った。
体が「しんどいなぁ」と同時に心も「しんどいなぁ」になり、
せっかくの復職も、退職とともに選択肢の一つとなった。
「~したい、けどできない」ときの欲求と
「~してもいいですよ。どうします?」という状態のときの欲求はやっぱり異なる。

「子供」と近いかな。「産めない」のと「産めるけど産まない」のは明らかに違うから。

選択の余地があるというのは選べなかった今までより良くなっているといえばそうだろう。
これはきっと贅沢なんだろうと思う。
会社にとって、私の存在は負でしかないだろう、そんな人間を雇用してくれようというのだし。

復職と退職、迷ってはいた。
再度の復職に対して社内の方々にどう思われているか、どう扱われるか、
ということに対する恐怖心はすごくある。
けれど、退職して、転職する度胸が足りなかった。
転職、に対する恐怖心もあったのだろう。社会からダイレクトに価値を判断される感じがするから。(実際転職したことがないのでわからないですが)
きっと、いちばん安易な方法を選んだのかもしれない。
働かなくていいぐらい資産があれば
退職無職を選べたのかもしれないし、それが思いつく範囲で楽そう~と単純に思ってしまう選択肢かもしれない。(実際働かなくていいぐらい資産をもっていて無職だったということもないのでわからないですが)けど、そうなると人との繋がりを求めて仕事したい。と思うのかも。

人はつくづく天邪鬼だ。って、私が、か。


復職願いを提出し、4月からの復職が決まった。


なんだろう。あんまりテンションも上がらない。

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【2008/03/20 18:41】 | ひとりごと | トラックバック(0) | コメント(7)
なんなのかなぁ
万能細胞記事、嬉しくてちょっとテンション上がったけど、
やっぱりまだ、いまいち浮上せず。

まだ会社に行けていない。
どうやら、少し上の先輩(♂)が退職されたらしく送別会のお誘いを受けた。
そういったところに誘ってもらうこと自体珍しいのだけど、
ちょうど挨拶にも行かないとと思っていたからついでに(ってのも失礼だけど)行くつもりだったけど、
行かなかった。

やっぱり最近どうも体調が・・・。
咳こそ出ないけど、だるくて相変わらずの食欲不振。体重32キロ切った。
34キロにタッチして以降下落の一途。
もともと基礎代謝が高いらしく、食べても太らない。
そして平熱が高い。37度くらいではぜんぜん平気。な、はずだった。
いまは37度とちょっと38度にはいってない。けど、だるい。

病院行くべき?
だるい、とか、微熱、ぐらいだからなぁ。。。サチュレーションはかっても前回、普通だったし。


あれだけ復職を希望して書いてもらった「診断書」
いまだに手元に。

そして作成してみた「復職願」
そして作成を思案している「退職願」

もう、なにがなんだか、自分が、いったい、どう、なにを、したいのか、、、わからん。

くるしい。

ちっとも思うようにことが動かないって気持ちにさいなまれて、
いま、わたしがここにいることはいったいなんなんだろう。って、

病院行ったら復職はきっと×になるかも。とも思う。
それを快く思っていない自分がいるということは、働きたいんだっていうことはわかる。
くー。

全部うまくいく。幸せになる。健康になる。ポジティブになる。
そういいきかす。
寝る。おやすみなさい。

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【2008/03/16 23:25】 | ひとりごと | トラックバック(0) | コメント(3)
万能!
『ヒトES細胞からの輸血用血小板産生』

ってニュースを見た!

すごーい!!5年後の実用化をめざして研究を進めていると。

うおぅ。期待☆

ES細胞の可能性にはほんとびっくりだし、期待いっぱい。

わたしは、造血幹細胞移植するまでは、やたらめったら抗体つくりまくる体質だった。
もともとアレルギーも多かったし、他人に厳しく(自分に優しい)って、性格あらわしてるのか??
MAPもアレルギー止めを先に点滴してから輸血しないとしんどくなること多かったし、ジンマシンもでた。
血小板に対しては、抗体?が出来て、HLAが一致してない血小板輸血しても半日も持たずに数値は上がらないということが起きた。わざわざHLAが一致している血小板を捜していただいた。
たまたまセンターに一致するものがあるときもあったけど、多くの場合はたぶん、一致している方に連絡が入ったりしていた。血液センターから。そして献血していただいた。すべてが当然ボランティアだろう。
患者としての費用負担も普通に血小板輸血するのの倍ぐらいかかる。けど、普通に輸血だと、効果がないから仕方ない。

実用化しても、緊急の輸血には備えないといけないだろうし、献血の必要性はまだまだ高いと思う。

うーん。
でも、自分の細胞から出来てたら、アレルギーも血小板か抗体で壊されるのも心配しなくていいし。
期待!!

わたしは今のところ輸血を必要としない状態を維持できてる。ありがたい。
だから自分自身には使うこと無いと思うし、無い状態のほうが嬉しいかもしれない。
けど、嬉しい。

万能細胞、どこまで万能??
たくさんいろいろな研究がされて、幸せになれる人が多いといいな。と思う。

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【2008/03/11 23:41】 | 病気のこと | トラックバック(0) | コメント(2)
甘え
風邪を3年以上ぶりぐらいにひいた。

病気をしてからは調子悪くても風邪か感染症かなにかわからないまま抗生物質点滴したり、体が痛ければ痛み止めを入れたり、病院で何らかの対処をしてもらっていた。
体がだるくてちょっと痛くてぼーとする。
ああ、風邪ってこういう感じだったかなぁ。と思いながら、外来行ってすぐだったし、また予約外診察なんていったら復職なんて吹き飛んでしまう。と思った。
薬はいらんほど飲んでるから、市販の風邪薬をこれ以上にプラスする気にはならないし。
ミカンでビタミンCとって寝て過ごす。
会社に復職願い出しにいかないといけないのに。足が向かない。。。こころのもんだいもあるんだろうけど。

「復職したい」気持ちと「怖い」気持ちが拮抗して、立ちすくむ。
そこに都合よく風邪。
寝て過ごす。睡眠薬も使って眠る。

咳がひどく出ることもないし、熱も微熱ほどしかない。

甘えてんのかな。
きっと、そうだ。

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【2008/03/09 15:25】 | ひとりごと | トラックバック(0) | コメント(2)
ふっかつへ
許可がでた。

復職。

太鼓判はというわけにはいかない。と念を押された。
けど、傷病手当の期間が終わることや肝機能の数値の若干の良化(横ばい)を鑑みて、OKが出た。

ああ、やっと、社会に戻れる。

と、嬉しかった。

その時は。

時間が経過するごとに、不安が出てきた。

生活習慣。
 社会人にはあるまじき起床時間。
 入院中のほうがよっぽど規則正しい。
他人と接すること。
 家族以外ほとんど接していない。
 友人から連絡がくることもほとんど無い。
 人は「重要感」「必要感」をもたれることが嬉しいというけど、そう、思う。
 わたしにはそれを感じられることが無いに等しい。
外見。
 やっぱり痩せてる。ガリガリ。いつもの洗面所で鏡を見れば見慣れた自分だけど、
 外出してウィンドウに映る姿やカメラなんかで客観的に見ると痛々しい。
 薄着の季節が怖くて仕方ない。体に厚みがほしい。肉ほしい。尻ほしい。胸ほしい。
 髪も根元のほうは徐々にまっすぐにはなってきたけど、全体的にちりちり。白髪も。
精神的に。
 すぐに、こころが折れる。

元の会社に戻るわけだけど、受け入れてくれる体制がある、この会社でよかった。
と思う反面、制度として受け入れはできても、人として、どう受け止められるかはわからない。

女性の多くない会社だ。
事業所の規模が小さいからだけど、結婚・出産を経て第一線という女性がいない。
入社したての頃は、勤続10年越えて独身でバリバリなんて想像はしていなかった。
結婚して子供産んで、できる限りバリバリやりたい。とは思っていたけど。
結婚・出産は自分の人生の中に組み込まれているイベントであった。必ず。
だからこの会社でやっていけると思っていたのだ。

けれど、こういう立場の目標にできる上司がいない。

それ、になれるほどの力が今のわたしにはない。能力もどのくらい落ちているのやら想像もつかない。
転職するにはまだスキル不足では?という思いがあって、もっと仕事できるようになるぞー!と、思っていて、
マンネリ化しかけた仕事が少し面白くなってきた矢先の発病だっただけに。
奪われた感が否めない。無責任さも際立っている感じがする。

怖い。

今は、そういう思いでいっぱい。

そうするとまた「なんでこんなふうになっちゃったの?」って気持ちが湧いてきて泣けてくる。
どうしようもないのに。

せっかく元気になれてきたのに。仕事してもいいっていってもらえたのに。

怖い。。。

どうしたらふっかつできるかな。こころ。

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【2008/03/04 23:09】 | ひとりごと | トラックバック(0) | コメント(5)
めざすところは


慢性骨髄単球性白血病を患い、骨髄移植、幹細胞移植をうけて現在ようやく会社に復帰したいなここの日記です。 失恋のショックも引きずりつつ。身内の事故もあり、再度休職中。9ヶ月の休職後、ようやく再度復職しました。

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プロフィール

いなここ

Author:いなここ
2002年4月:会社の健康診断時、白血球が多いと診断。

ただその後は、経過観察。

2005年7月末頃:体調不良を感じ病院へ行くと、
白血球13万!
2005年8月:『慢性骨髄単球性白血病』と診断。

2005年9月:骨髄バンクへ登録。

ありがたいことに、ドナーが見つかり、骨髄提供をうけ移植をおこなうことになりました。

2006年2月:バンクドナー様より骨髄移植。

移植後100日、退院のめやすです。その日に、生着不全と診断され、再度の移植を行うことになりました。

再移植は、臍帯血移植かHLA不一致の母からの移植か、決断をしなければなりませんでした。骨髄バンクでの再コーディネートを待てない状況だったのです。

2006年6月:2度目の移植となる造血幹細胞移植。母とはHLA型2座不一致ではありますが、ドナーになってもらいました。

それから約100日、決して順調!!とは言い切れませんが、退院することができました。

2006年10月:重度のGVHDを発症。再入院。

2007年1月末頃:ようやく退院。
2007年4月会社へ復帰。
2007年7月再度休職。

2008年4月再度会社へ復帰。

2008年8月末頃 ステロイド性(?)白内障により水晶体再建術を実施。

いつかホンモノ見にいきたいな

moreから笹があげられるみたいです♪

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